2011年11月14日

仰ぎ見られるものたち 塔

塔、塔の形状をした被写体、あるいは駅舎や木々や空を仰ぎ見るカメラワー
クはgozoCineの特徴の一つでもありますが、ここでは具体的に「塔」が登場
する作品をいくつかご紹介してみます。

《エッフェル塔(黄昏)》
エッフェル塔という被写体は、gozoCineのように実験的な映像作品にしては
あまりにつきなみだと思われるかもしれません。けれども夕暮れの2006年11
月の雨のパリ、gozoCineのカメラは、これまでに映画で記録された無数のエッ
フェル塔のイメージを超えて、「都市の精霊」の宿る官能的なエッフェル塔
に出会うことになります。それもタクシーの助手席から!

《Strasbourg、いけぶくろ》
パフォーマンスの内側から、詩人自身が出演するいくつかのパフォーマンス
の様子が映し出される作品ですが、その途中に、通天閣と新世界の光景が挟
み込まれています。そして大阪の街中のシーンでは、2008年2月に亡くなった
釜ヶ崎の詩人・東淵修の姿が一瞬とらえられています。『銀河詩手帖』を主
宰する東のイヴェントに2007年に参加したときに撮影された通天閣です。

《阿弥陀ヶ池、折口さん――》
終わりに近いシーン、暮れなずむ時刻に、タクシーの車窓から通天閣が仰ぎ
見られる。そういえば、エッフェル塔の映像もタクシーからの姿でした。

《芭蕉さん――終焉》
この6分の映像は、通天閣が主人公。いくつかある芭蕉をテーマとした
gozoCineの小品に登場する、「奥の細道」の作者の没した地・大阪を象徴す
る通天閣。それのみならず吉増剛造の大阪での歩行、それは芭蕉に重ねられ、
折口の歩行に重ねられ、さらには、二十歳のころ大学を中退してやろうとい
う気持ちを抱きながら、釜ヶ崎のドヤ街の二畳間に三ヵ月逗留した詩人自身
の記憶にも重なっているはずです。

《光の棘、Frank Lloyd Wright》
フランク・ロイド・ライトへの詩人の関心はふるく、『緑の都市、かがやく
銀』では「フランク・ロイド・ライトの建築写真を二冊ほど、時間をかけて
眺めていると、差し込んでくる柔かい光や風のそよぎさえも頬に感じられ……」
と、建築の写真からですら、自身の肉体が吸い込まれていく感覚を述べてい
ます。著名なタリアセン・ウエストを訪ねライトのヴィジョンに触れた後、ラ
イトのデザインを基に作られた街中で青く光る塔の夜景で、このライトに捧
げた映画は締めくくられています。

《Watts Towers――とうとうこうして海が亡びて行く、その歌としての貝殻
の塔、……》
Watts Towersは、一つの塔ではなく、いくつもの塔から構成された建造物で、
ロサンゼルスのスラム街、ワッツ地区で暮らしていたイタリアからの移民、
サイモン・ロディアが、設計の知識もなしに自力で作り上げたことで知られ
ています。構造は鉄筋とコンクリート、そして装飾は拾ってきた壜や貝など
がコンクリートに埋め込まれています。一時は、不法建造物として壊されそ
うになっていましたが、1965年にロディアが没した後にその価値が認められ、
いまでは歴史建造物として保存されています。吉増剛造がこの塔を知ったの
は、美術評論家・東野芳明氏の記述と写真を通してでした。折しも2011年3月
25日、福島の事故がニュースで報道されるロスで、詩人はロディアの夢の跡、
Watts Towersの貝殻たちの歌聞くことになります。


以下の画像は《Watts Toswers》より
第七藝術劇場ではAプログラム、11月12日(終了)、20日、24日に上映されま
す。
http://gozocine.info/program.html

WattsTowers05.jpg
posted by gozocine at 22:34| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

gozoCineの主演女優?

gozoCineにたびたび登場する女性――その名はマリリア。
その歌声は「予告する光」予告篇で少しだけお聞きいただくことができます。
http://www.gozocine.info/yokoku.html

映像の中でその名が幾たびも呼ばれるマリリアは、ブラジル出身のシンガー
でありパフォーマー、そして吉増剛造夫人。欧州とアメリカで撮影された多
くのgozoCineにとって、マリリアの歌声とその存在は、控えめでありながら
もとても重要な役割をになっています。そのいくつかをご紹介します。

《Na entrada da casa dos fogos(花火の家の入口で)》
詩人が最初にブラジルを訪れたのは1974年、それはマリリア夫人の里帰りに同
行しての旅でした。この作品で、マリリアは夜のシーンでちらりとしか姿を
見せていませんが、吉増剛造をブラジルへ、サンパウロへ、蟻塚へ、導いた
のは他でもない伴侶だったのです。

《クロードの庭》
予告篇で聞こえていたのはオルレアンのクロード・ムシャール邸の中庭でマ
リリアが歌う「Cicada」。吉増剛造の詩篇「蝉」の一節をマリリアが英語で
旋律にのせています。

  Cicada Cicadaの言葉が静かに聞こえて来る。
  Cicada Cicadaの言葉が静かに聞こえて来る。
  そして宇宙の紙を静かに考えて、"静か" が思考になって行った。……

《柳田さんの宝貝、カリフォルニア》
アメリカは二人の出会いの場所。詩人がマリリアにめぐり合ったのは、1970
年から翌年にかけてのアイオア滞在中のことでした。そして、この作品の舞
台となるカリフォルニアの砂漠は、二人で幾たびも訪れた土地。詩人がデリ
ダの死に際して書いた詩篇「デリダ行 木ガナイトコロニ木ガオチタ」をも
とにした「Gladiolo」がイタリア語で哀しく静かに歌われます。

《Strasbourg, いけぶくろ》
吉増剛造とマリリアはかねてから世界各地でライヴ・パフォーマンスを行っ
ています。この作品では2002年以降最近まで頻繁に二人のライヴに参加して
いたフランスのギタリスト、ジャン=フランソワ・ポーヴロスを加えてのス
トラスブール現代美術館でのライブ場面から始まり、日本でのパフォーマン
スのいくつかの場面へとつながっていきます。詩人と歌い手のパフォーマティ
ヴなセッションの積み重ねの延長線上に、再撮をすることのない映画のため
のコラボレーションも生まれていたのでした。

《鏡花フィルムIV――水の駅》
多摩川の台風のシーンから、鏡花の深川へ、そして演出家・太田省吾のお別
れの会へと続く四部作《鏡花フィルム》の最終篇の最終場面で、マリリアが
歌うのは「River Goddes Song」。吉増の詩篇「春の野の草摘み」の一節か
ら採られています。

《Yeats Vision――アイルランド》
gozoCineの中の歌い手(そして旅の同行者)だったマリリアは、この作品か
ら少し違った存在、レインコートを身にまとって詩集を開き「読む」女性と
して現れるようになります。なぜ薄手の白いレインコートなのか? 撮影者
の演出? あるいは女優のの発案? それともケルトの妖精が、イェイツの
眠るアイルランドのスライゴ―、ベンブルベンの山の見える場所に現れたの
でしょうか……。

《エミリーfilm》
マリリアはこの作品でも白いレインコート姿で詩集のページに目を落としま
す。南北戦争のときには、白い服を着て家にこもっていたというエミリー・
ディキンソンと共鳴するように……。

《Emerald Song》
ピンチハンガーとともにカメラはとても遠くから、何かに静かに少しずつ近
づいてきます。遠くで待っていたのは、フード付きのエメラルド色のレイン
コートに身を包ん歌うマリリア。やがてスクリーンはエメラルド一色に染ま
り、カメラはグランドキャニオンの赤色の山肌に向かいます。


以下の画像は《エミリーfilm》より
第七藝術劇場ではCプログラム、11月14日、17日、22日に上映されます。
http://gozocine.info/program.html

エミリーフィルム06.jpg
posted by gozocine at 05:03| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造、ラジオ関西で映画を語る

ラジオ関西で毎週火曜深夜に放送されているの映画専門の番組「シネマキネ
マ」に吉増剛造が出演します。

オンエア 11月15日(火曜)25時30分〜26時00分
ラジオ関西(AM 558KHz)

映画を撮影るようになった経緯、大阪という土地とのつながりなど、「予告す
る光」関西初ロードショーを前に、詩人の思いが語られます。関西圏のみなら
ず、東方向には電波が届きやすいそうで関東、東北でも聞けるらしいです。
お試しあれ。

さて、いよいよ関西初の「予告する光」が明日スタートします。
2週間の上映ですので、ぜひお見逃しなく!

劇場へのアクセスは、こちらで
http://www.nanagei.com/access/access.html
日替わりで上映される作品とプログラムはオフィシャルサイトで
http://www.gozocine.info/


以下の画像は《プール平》より
蓼科のプール平に出かける前の最初のシーン。窓辺にはカラーネガフィルム
が吊るされています。
第七藝術劇場ではAプログラム、11月12日、20日、24日に上映されます。
http://gozocine.info/program.html

プール平 ネガフィルム(1).jpg
posted by gozocine at 01:48| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

差し挟まれるものたち OHPフィルム

OHPフィルムとは、図像や文字をオーヴァー・ヘッド・プロジェクターでスクリー
ンに投影させるための透明なフィルム。そのOHPに複写されたポートレイトたち
は、gozoCineの不可欠な導き手としてさまざまな作品に登場し、現時点で50作
品以上が制作されいてるgozoCineではすでにおなじみですが、初めて登場した
のは意外にも遅く、gozoCine第13作品目《阿弥陀ヶ池、折口さんーー》(2007
年)で使われた、新潮日本文学アルバムの表紙から複写された折口信夫のポー
トレイトでした。

以来、泉鏡花、萩原朔太郎、島尾敏雄、島尾ミホ、松尾芭蕉、そしてエミリー
・ディキンソン、イェイツ(最近では写真のポートレイトだけでなくゴッホの
自画像も登場)といった人物たちのポートレイトのみならず、ジョン・ケージ
のドローイングや良寛の書などもOHPフィルム上でハンディーなモノとなって、
カメラの前に差し挟まれます。

ときにはパタパタと(ペコペコと?)音を発する音響装置でもあります。

持ち歩かれ、風にそよぎ、車のフロントガラス重ねられ、テレビの画面に貼ら
れ、空を覆い、背後の光景を映しこみ、また背景を見えにくくするOHPフィル
ム。

被膜は、gozoCineの中で幾重にも重ねられています。


以下の画像は《鏡花フィルム I プロローグ》より
第七藝術劇場ではEプログラム、11月16日、19日に上映されます。
http://gozocine.info/program.html

鏡花フィルムT(1).jpg
posted by gozocine at 07:27| 大阪 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

差し挟まれるものたち 宝貝

gozoCineでは、カメラと被写体の間にさまざまなものが差し挟まれます。貝
殻などを洗濯物干に吊るしたピンチハンガー、文学者などのポートレイトが
複写されたOHPシートはその代表ですが、ここでは小さなgozoCineの随行者
「宝貝(たからがい)」をご紹介します。

《柳田さんの宝貝、カリフォルニア》
1979年に初めて訪れたというアメリカ西海岸、ジョシュア・トゥリー(国立
公園の名前でも植物の名前でもある)の砂漠を再訪するこの作品で「宝貝」
はgozoCineデビュー。カリフォルニアの青空にかざされ、砂漠の風とともに
揺らぎます。映画の中では、こんなふうに語らています――「こうして柳田
(國男)さんが終生袂に入れていたという宝貝を20年30年かかって、40年50
年かかって、とうとうアメリカの砂漠のこういう、まあ、映画のふるさとの
土地の上に連れてくることができましたね」

《熊野、梛の葉、……》
新宮へ向かう列車の振動とともに、振り子のように宝貝が揺れる、長く印象的
なシーンで始まります。

《木浦、nakedwriting》
良寛の文字やジョン・ケージのドローイングのOHPシートに吊るされた宝貝が、
海に沈む夕陽の中にシルエットで。

《アメリカ、沼澤地方、……》
マサチューセッツ、コンコルドにあるウォールデン・ポンド(Walden Pond)
は、19世紀のアメリカ文学を代表するソローやエマソンともゆかりのある湖。
宝貝は雨の日の湖面に触れ、挨拶をするようにしてレンズに向かってきます。

これらの作品以外でも宝貝はgozoCineのあちこちで目にされることでしょう。

『キセキ』に収録されているエッセイで、詩人・クロード・ムシャールはこ
んなふうに書いています。「だが、カメラと、それがその中を進むものの間
に割って入るあの小さいなものたち、あれは何者で、なにをしているのか」。


以下の画像は《熊野、梛の葉、……》より
第七藝術劇場ではCプログラム、11月14日、17日、22日に上映されます。
http://gozocine.info/program.html

熊野、椰の葉、…(1).jpg
posted by gozocine at 05:38| 大阪 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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